お母さんは、同志社大学内部進学です。
当時、同志社に小学校はありませんでした。
今出川に幼稚園はありましたが、幼稚園から大学までの道はありませんでした。
今は幼稚園に入れば、大学まで繋がっているようです。
当時、同志社に内部進学できる中学は、
・共学の同志社(内部からは岩倉と呼ばれていた)と
・同志社女子と
・同志社香里(当時は男子校)と
でした。
お母さんは、その中の同志社女子に通っていたのです。
同女では、
何人かの勉強好き?だけが勉強をしていて、
それ以外はほとんど、勉強していませんでした。
(医者の子が何人か、私大医学部の指定校をもらったりはしていました。)

兄弟が洛南3類、洛星に通っているケースはとても多く、さらには弟が灘という子もいました。
この兄弟は後に、
医学部に入ったり、弁護士になったり、旧帝から一流企業に入ったりします。
勉強しないまま高3の春を迎えたお母さんは、
同志社女子大学の見学会に呼ばれました。
その見学会には、学年下位100人くらいが呼ばれていたのです。
そのときに思いました。
(・∀・)←当時の母
「大学は共学に行きたいかも…」
それからは、必死に勉強…
するでもなく、勉強のやり方を変えました。
(・∀・)←当時の母
「保健体育の5も、英語の5も、数学の5も、
みんな同じ5!!」
時間のかかる英語や数学は捨てて、
覚えれば点数が取れる科目に、全フリしました。
こうしてギリギリの戦いをして、
高3の二学期末、同志社大学の志望学部を3つ書いて提出し、
無事、第一志望に書いた
同志社大学 文学部 文化学科 文化史学
に進学しました。
中高のときから、男子校だった香里とは交流がありました。
香里は、金持ちのボンボンが多く、おもしろい子が多い学校でしたが、正直みんなアホそうでした。(すみません…)
大学に入ってからは、共学(岩倉)も何人か仲良くなったのですが、
岩倉の子は同女の子よりも、賢い子が多かったように思います。
今は共学になった香里が、大阪に近いという理由もあってか?人気が爆上がりしているようです。
同女は、
京都人だからか?同志社だからか?
イケズな人が多かったです。
慶應幼稚舎卒の東京パンダさん(Youtuber)が、
慶應大学を卒業して初めて、
世の中の人はこんなに優しいのか…
と思ったそうです。
お母さんも同志社を卒業して初めて、
世の中の人はこんなに優しいのか…
と思いました。
もう一つ、社会人になって気づいたことは、
同女の人間の頭が、いかによかったかです。
25歳前後で、
週に2回、婚活目的のコンパを開いていたのですが、
コンパの前後に毎回、
前回開催したメンバーの詳細、今回開催するメンバーの詳細などの情報交換をしていました。
限られた時間内に、
誰がどこの大学の何学部で、部活は何、サークルは何、高校はどこ、趣味は何、
といった莫大な量の情報を、
全員がなんなく処理していました。
記憶力の良さ、頭の回転の速さなど、
同女のメンバーが、その頭の良さを使い切る場面は、後にも先にも、
ここでしか見たことがありません。
そして努力の甲斐あって、全員が無事に、コンパで結婚相手を見つけることに成功?したのです。
最近、同志社共学(岩倉)の友人の子供さんが、
京大に合格しましたが、
それはまた、別のお話で…
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